他の部門が苦戦する中、アービトラージはしだいに発言力を強めていった。ヒリブランドは会社を相手に投資銀行部門を廃止
するよう迫り、高給をせしめるくせに稼ぎがないと、ある程度もっともな言い分をまくしたてた。ヒリブランドは次に、アービトラージ
は社員食堂を利用していないのだから、運営費の割当を払う必要は無いといい始めた。国粋主義者にして自由意志論者の
名に恥じずというべきか、”独占業者”を押し付けられていると訴え、その口ぶりから推して、トレーダーも事務員もそれぞれ交
渉に基づいて昼食を調達すべしと言い出しかねなかった。1989年、メリウェザーは部門収益の一定比率、15%をトレーダ
ーの報酬とする制度を採用させた。ヒリブランドが辞めるといって脅した一幕の後、裏で合意が成立した。JMはいかにもJMら
しく、みずからを取り決めから外し、自分の給料はいくらでも、そちらが適正と考える水準で結構とグッドフレンドに伝えた。その
年、最大の割当を与えられたヒリブランドは2千3百万ドルという破格の報酬を手にした。ヒリブランドは慎ましく電車通勤を続
け、相変わらずレクサスに乗っていた。
JMじゃないな。ヒリブランドに近いわ。俺の感覚。
社員食堂の運営費までは知らんが、ITシステムが”独占業者”から押し付けられているとは訴えたかったね。
うん、俺も収入と消費金額に相関は無いと思ってる。
1970年代前半、マートンは二人の経済学者、フィッシャーブラックとマイロン・S・ショールズが一部解明していたある問題に
取り組んだ。株式オプションの適正価格の公式化だ。オプション取引の市場が存在しない頃であれば、ほとんど気にかける人
もなかっただろう。ところがちょうどこの年、公式が発表される1ヶ月前にシカゴ・オプション取引所で株式オプション取引が開始
されていた。さっそくテキサスインスツルメンツ社がウォールストリートジャーナル紙に広告を出す。「これからはわが社の・・・電卓で
ブラックショールズモデルの計算ができます」。これこそ、デリバティブ革命の真の幕開けだった。大学教授がウォール街にこれほど
影響を及ぼした例は、かつてない。
1980年代、メリウェザーをはじめとするトレーダーだちは、こうした最新の金融商品を株式や債券と同じものとして当たり前の
ように売買していた。現物の証券と違ってデリバティブは単なる契約であり、その価値は、株式や債券その他の資産から派生す
る(それゆえ、デリバティブ=派生商品と言われる)。マートンはその頃、デリバティブの普及に伴って、投資会社や銀行などの
金融機関を区別する境目が無くなるという説を唱えていた。境目の無いデリバティブの世界、その創出にマートンが一役買った
デリバティブの世界では、適切な契約を組さえすれば、誰でも融資や出資のリスクを取ることができる。これはモーゲージですで
に証明されていた。一昔前まで地元の銀行が一手に引き受けていたが、今やプールして小口に証券化し、無数の個人投資家
にばらばらに販売することで、資金の大部分を賄っている。
実際、マートンはロングタームキャピタルをヘッジファンドとは見ていなかった。この言葉をマートンをはじめ、パートナーたちは鼻で
笑っている。ヘッジファンドではなく、最先端の”金融仲介機関”と見ていた。つまり市場に資金を提供する点で、銀行とまったく
変わらない。町の銀行は預金者から金を借りて、地元の住民や事業者に貸し出す。その過程で資産、つまり貸し出しと借り入
れの釣り合いを取りながら、預金金利をわずかに上回る貸出金利を要求して、ささやかなスプレッドを稼ぐ。同じようにロングター
ム・キャピタルはあるグループの債券を売ることで”借り入れ”て、別のグループの債券、おそらくは需要がやや低く、したがって利
率がやや高い債券、を買うことで貸し出す。こうしてスプレッドを稼ぐ点で銀行と全く変わりない。
マートンの言うとおりだな。でも、みんな馬鹿じゃないからそれを知っている。だから、市場開放やデリバティブに対して”慎重”な
んだ。自らの既得権益を守るために。馬鹿だからデリバティブを敬遠しているのではない。
LTCMのセールス ショールズ
ショールズとホーキンスにメリルのスタッフ数人が加わり、大手保険会社のコンセコを訪ねた。ショールズがまず口を開いて、かなり
効率的な市場であっても、ロングタームなら莫大な収益をあげられると説明しかけた。そこへ、アンドリュー・チョウという30歳の
生意気なデリバティブ・トレーダーがいきなり口をはさむ。「そんな投資機会ありっこない。国債市場でそれほどの儲けが出るわけ
ない」金融修士どまりのチョウは、高名なブラック=ショールズ・モデルの考案者をまるで畏れていなかった。ショールズは怒り心頭
に発し、革張り椅子から身を乗り出してこういった。
「きみのおかげだよ、きみのような低脳野郎がいるから、そういうことが可能なんだ。」
コンセコ側はいっせいにむっとして、ミーティングは気まずい雰囲気のうちに終わった。メリルのスタッフは、ショールズに強く謝罪を求
める。ホーキンスは、これをひどくおかしがり、腹を抱えて笑った。
いやー、すごいセールスマンだね。お客さんにそういうこと言っちゃうんだ・・・。俺もあるなぁ・・・。
「割高なアウトオブザマネーのオプションを買って勝てるのですか?」
「どういった意味で割高なんでしょう?」
「一般にヒストリカルよりも高いですよね?」
「ヒストリカルとインプライドは計算過程が全く異なるものですが、それらを比較することに何の意味があるのでしょう?」
ブログ読者はこれをひどくおかしがり、腹を抱えて笑った。
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