最も割に合わない犯罪とは、「酔っ払い運転」であります。たいていの皆さんが「なあんだ」と思われたことでしょう。そうです。
そのように皆さんが、ということは社会全体が軽んじているからこそ、この犯罪は恐ろしいのです。呼気の中にアルコールが多
少にかかわらず検出される状態で自身事故を起こしたとします。お巡りさんは有無をいわさずあなたに手錠をかけてしまうの
です。酒酔い運転とは検問に引っかかった時の同交法上の故障であって、あなたは事故を起こした瞬間から「業務上過失
致死傷」という刑法犯になってしまうわけなのです。刑法犯であるからには、お巡りさんは現行犯逮捕の規定に従ってあなた
に手錠をかけ、所轄警察に連行しなければなりません。
酔っ払い運転は日常生活に起こりうる最もハイリスクな犯罪であります。酒を飲んで事故を起こせば、必ず身柄は拘束され
ます。どこの警察署の留置所にも、一晩に一人か二晩に一人、ことに休日前の夜には必ず、この哀れな犯罪者が放り込ま
れてきます。一夜明けて顔を合わせてみれば、彼が業務上過失致死傷の容疑で逮捕されたのだということはすぐにわかります。
というのは、彼らは一様に同房の留置人たちをなんだか別世界の生物でも見るような目で見る。つまり「俺はおまえらとは違う
んだ。ただの酔っ払い運転でたまたま捕まっただけなんだ」というような顔をしているのです。まさか自分が刑法犯として裁判にか
けられ、懲役にいくなどとは思っていない。早く家族が迎えに来ないかなァなどと呑気なことを考え、頭の中で慰謝料の計算な
どをしている。たいていおせっかいな古株の留置人がにじりよって語りかけます。初めは知らんふりで聞き流している本人の顔が
自体の真相を聞き及ぶにつれ次第に青ざめていきます。同房の留置人たちは笑いを噛み殺しながら「目の前が真っ暗になる
瞬間」の人間の表情を克明に観察することができるわけなのです。
社会一般では、法律で禁じられている麻薬、大麻、覚醒剤の3者を混同して考えがちですが、これらは元来まったく違うもので
あります。麻薬とはアヘン、ヘロインなどのアルカロイド系薬物の総称であります。これは鎮痛剤としての医薬効果の大きなれっ
きとした医薬品なのです。極めて即効性があり、投与方法が簡単であることから、事故などの激痛をとりあえず止めるためには
書くことができないものであります。したがって世界各国の軍隊の衛生兵は必ずすぐ使用できる状態で麻薬を携行しています。
いわゆるモルヒネであります。大麻は広義で麻薬の一種ではありますが、いくら常用しても麻薬のように禁断症状あらわれること
はありません。ただひたすら陶酔し、ハッピーになるだけですからその効果は麻薬よりもむしろアルコールに近いと言えます。私見を
申しますと、大麻を法規制する根拠は甚だあやふやであります。吸引に伴う幻覚症状が凶悪犯罪を引き起こすと当局は説明
していますが、そんな実例は聞いたことが無い。ただ、快楽を追及するのは人間の本能でありますから、より以上の快楽を覚醒剤
や麻薬に求めようとするのは彼らのお定まりのコースでありまして、どうやら「大麻取締法」には覚醒剤や麻薬の水際防止的な意
味が含まれていると思われます。
「大麻取締法」で利益を上げたのは誰か?
大麻と言うからには原材料は麻であります。これはもともとが繊維原料でわが国では身にまとう布の代表でありました。麻は繊維が
太く通気性に優れているので、高温多湿の我が国の気候には最も適した繊維と言えます。しかもクワ科の1年生草木でありますか
ら土地を選ばず、あっというまに成長する。生産性が極めて高いのであります。ところがこの麻が絹と比肩するほどの高級品になって
しまった。庶民の着物であった麻がなんでこんなに出世してしまったかというと、ほかならぬ「大麻取締法」のおかげであります。大麻
の麻酔成分は樹脂中に含まれるカンナビールという物質でありますが、この成分は厳密には麻の全品種の腺毛内じゃら分泌されま
す。したがって「大麻取締法」の施行と同時に麻の栽培は徹底的に規制されたのであります。それによって生産農家がどのくらいの
打撃を受けたか、そして麻製品を輸入することになった商社がどのくらい利益を得たか知りませんが、ともかく見渡す限りの麻畑は姿
を消し、私たち庶民はあの快適な麻布の着心地を味わえなくなってしまったのは事実です。
覚醒剤 俗にグラム1年と申しまして、覚醒剤の使用、所持、売買に手を染めますと1グラムについて懲役1年の刑が宣告される
といわれます。覚醒剤に対してこのような量刑が課せられる理由は2つあります。一つは暴力団の資金源であるからです。一般
に覚醒剤と呼ばれるものは、アンフェタミン、メト・アンフェタミン(ヒロポン)という化学薬品の総称であります。なにしろ化学薬品な
のですから製造コストは馬鹿みたいに安い。その馬鹿みたいに安いものが法で規制されて、リスクに応じた高値がつくわけで
すから法的リスクそのものが商売であるヤクザが、これに手を出さぬわけはありません。終戦直後のように町の薬屋さんで覚醒
剤をどんどん売ってしまえば、当局が莫大な費用をかけるまでもなくこの問題は解決してしまうわけです。ついでにこれを専売に
して「健康のために打ちすぎに注意しましょう」などとパッケージに印刷すれば良い。ところがこの名案が実行できないわけが
第二の理由なのです。覚醒剤を連用すると精神分裂症に酷似した症状が現れるということであります。つまり幻覚や被害妄想と
いった症状が一過性ではありますが歴然と現れる。ただし、覚醒剤の連用と幻覚症状については異論があります。それは精神
状態に影響を及ぼすのは覚醒剤そのものではなく流通段階でたびたび混入される雑物のせいであるとする説です。この説の真
偽については明らかではありませんが、実際、密売人たちの手から手へ移るたびに、正体不明のさまざまな粉末が混入されてもと
の一袋が二袋、四袋と化けてしまうのは事実であります。この作業には、塩、砂糖はもちろんのこと、味の素、太田胃酸などがよく
使われます。
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