解任された10月13日の2ヶ月前のこと・・・
記事の見出しは、「オリンパス-『無謀M&A』巨額損失の怪」とかなり挑発的でした。悪魔のように見える菊川の写真が使われています。記事によればオリンパスが売上高がそれぞれ2億円にも満たないベンチャー企業3社(産業廃棄物処理会社アルティス、電子レンジ容器の企画/販売を行うNews Chef、化粧品や健康食品を通販するヒューマラボ)を08年3月期にあわせて700億円近くで買収、子会社し、翌年にはほぼその全額を秘密裏に減損処理したというのです。また500億円、総資産が1000億円程度のイギリスの医療機器メーカー、ジャイラスを2700億円もの高額で買収したことについても触れていました。さらに記事は、この不明朗なM&Aによる損失と怪しげな投資顧問会社グローバル・カンパニーとの関係を指摘して会長の菊皮の経営責任を激しく追及していました(『FACTA』2011年8月号、7月20日発売)
菊川剛
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8月1日の月曜日の朝、私は意を決して、日本の英字新聞の朝刊を開きました。1面にもそれ以外の面にもオリンパスの過去のM&Aを糾弾する記事はありませんでした。イギリスであれば『FACTA』のような雑誌がスキャンダルを書き立てれば、数時間後に金融ニュースのヘッドラインを飾り、株価に影響することもあります。しかし『FACTA』の知名度のせいもあるかもしれませんが、日本のメディアは何らかの理由で、今回の記事を無視していました。のちに聞いた話では、複数の有力メディアの記者たちがこの不明朗なM&Aについて事前に摑んでいたといいます。なぜ記事にならなかったのか、私には不思議でなりません。
昼食前、ついに我慢できなくなって、2人の信頼を置いている部下を呼びました。そして「FACTA」を掲げ、こう尋ねたのです。「この記事を読みましたか?」 2人の表情におびえが走りました。答えはイエスでした。しかも、驚いたことに私には言ってならないと固く口止めされていたというのです。「誰に?」と私は尋ねました。2人は一瞬口ごもった後、おずおずと答えました。「菊川さんです」 どちらも私が最も信頼していた日本人の部下でした。ひとりとはヨーロッパ時代からの長い付き合いがあり、ビジネスに対する考え方を共有していると信じていました。そんな彼らでさえ、菊川の命令には背けなかったのです。ショックでした。そもそも、なぜ口止めが必要なのでしょう?
8月2日 会議室に入ると菊川と森がすでに私を待っていました。菊川と森は笑みを浮かべていました。態度も非常に友好的でした。私は温かく迎え入れられたといってもいいでしょう。しかし、私が「FACTA]を取り出し、菊川の写真が載ったオリンパスの記事を開くと菊川が急に緊張した様子を見せました。表示が厳しくなり、同時に笑おうとしているので、頬の筋肉が引きつっていました。森の目は雑誌に釘付けになっています。
「なぜ誰も教えてくれなかったのですか?こんな深刻な問題なのに?」
私は英語で尋ねました。菊川も森も海外での経験が長く、流暢に英語を話します。
「マイケル、役員フロアの人間に、君の耳に入れないようにしたのは私だ。君は社長業で忙しい。国内のこんな些細な問題で煩わせたくは無かった」
「この記事は真実なのですか?」
「部分的にはイエスだ、。だが、これはある程度予想されていた事態だ。ちゃんと対応は考えてある」
私は詳しい説明を求めましたが、説明も具体的な対策も無く、菊川は言葉を濁しました。
「『FACTA』に抗議しないのですか?」
菊川は曖昧にうなずいたものの
「日本のメディアにはありがちなんだ。こうやってセンセーショナルに書き立てるんだよ、いつものことだ」
「日本の株主からクレームはなかったのですか?」
「あるわけがない」
私は菊川の態度に疑いの目を向けざるを得ませんでした。菊川と森のあまりの緊張から、そこから何かしらの「嘘」があるのは明らかでした。しかも会社の利益を大きく損なう「嘘」です。それに菊川は私とその職責を否定するような筋の通らない答えに終始しました。私は日本国内では社長ではないのでしょうか。記事にいくらかでも真実があれば、その詳細を私に知らせるべきではないでしょうか。そうでなければ仕事になりません。そもそも、質問に答えてもらえないのでは、基本的なコミュニケーションが成立しません。それが最も恐ろしいことでした。
昼食時の会合の後、休憩をはさんで森と二人で話すことにしました。まず、イギリスのジャイラスからです。2008年に同社を約20億ドルで買収後、なぜ2年たって投資顧問会社のAXAMインベストメントなどにさらに7億ドル近くを支払ったのか、私は尋ねました。7億ドルといえば、オリンパスの数年分の利益に相当します。森は口ごもりました。そしてA種優先株を買い取ったのだとしどろもどろに説明しましたが、オリンパスは少数株主の持分も含め100%その会社を買いきっているはずなので、まったく要領を得ない説明でした。
私は、アルティス、ヒューマラボ、NEWS CHEF3社それぞれの買収金額の詳細、支払先、支払手段の情報を求めました。さらにオリンパスと3社を売却したそれぞれの会社との関係、そして3社に投資した理由についての論理的根拠、投資前に当然行われたはずの適正な買収価格や投資対象に関するリスクを査定したデューデリジェンスの報告書、そしてフィナンシャル・アドバイザーへの支払記録。買収価格がどのように決定されたのか、買収がどのように許可されたのか、また資金の調達方法も尋ねました。それから、3社の買収が成立以来どのように計上されていたのか、3社の現在の財務実績と将来の見込みについても説明を促しました。ジャイラスの買収についてはのれんの価値を再評価すべく減損テストの実施を要請し、7億ドル弱をAXAMインベストメントなどに追加で支払った理由を求めました。さらには監査法人KPMGが同社買収後の監査報告で会計処理に疑問を呈していた点にふれ、なぜその後、監査法人がKPMG(あずさ監査法人)からアーンスト・アンド・ヤング(新日本監査法人)に変更されたのか尋ねました。さらには投資顧問会社グローバル・カンパニーとのこれまでのビジネスの詳細も。
今度は社外取締役の来間紘が私の手紙のコピーを監査法人のアーンスト・ヤングに送ったことを強く非難しました。我々はファミリーじゃないか、なぜ騒ぎを大きくするんだ? なぜ、わざわざ部外者を呼び込んだのだ?と。奇妙な追求でした。日本経済新聞出身の来間は社外取締役で、コーポレート・ガバナンスを監督するのが彼の仕事だったはずです。「不正がないのならば監査法人を恐れる理由はないでしょう」 私はそう答えましたが先ほど感じていた安堵はどこかに吹き飛んでいました。社長になって以来、このように敵意を持って質問されたことははじめてでした。それにしても議論もなく、全会一致で私をCEOに昇格させておきながら、その後になって私の資質に疑義を呈するのはなぜでしょうか? そのとき私は悟りました-私の新しい肩書きには事実上何の意味もないことを。菊川は権力を手放すつもりなどないのです。
菊川は満足そうな顔をして座っていました。取締役全員が、私の面目を失わせようと団結していました。みなでこの段取りを考え、意見を一致させていたのでしょう。すべてが台本通り、というわけです。反対意見がなく、お互いを褒め合い、同意しあうだけ。この環境こそ、彼らが誤った経営判断を下した下地だったと思います。良心は蚊帳の外に置かれていました。
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