お金に対する鋭い警句
ユダヤ人は金儲けの秘密を知っていると思われている。しかし実際は何か秘密めいたものがどこかに隠されているわけではない。
お金に関する彼らの知恵はみな聖書を源にしているだけである。とはいっても聖書の中にお金に関する章が特別にもうけられて
いるわけではない。生き方について述べられている言葉の随所に金銭への態度、金銭の扱い方がさまざまな角度から言及され
ている
のである。聖書の中のシラ書、金儲けの方法論でもないし、単なる処世訓でもない。人間とお金の関わりを鋭い目で見る
洞察や警句となっている。意外にも、お金自体が礼賛されることはない。むしろお金がいかに人間の心を揺らし、人を動かす力を
持っているかが次のように語られている。
あなたは財産を頼りにせず、「これだけあれば足りる」とは言うな。欲と力が心を邪欲に従わせるのをゆするな。
 金を好む人は罪を避けられず、金儲けに走りまわる人は、そのために悪事を行う。黄金のいけにえになった人は多く、その滅び
は目に見えていた。金は愚か者には罠であり、思慮亡き人はそれにかかる。
ユダヤ人がお金を恨んだ時代
収税吏は罪人、紀元前63年からユダヤ人はお金を憎むようになった。というのも、その年、ローマ人がユダ国とサマリア地方を支
配し、ローマのデナリウス硬貨を流通さえ始めたからだった。そしてユダヤ人は3つの税を納めなけばならなくなった。ローマ皇帝
への税、ユダ国の税、エルサレムの神殿税の三種である。この経済状況はユダヤ庶民の生活を圧迫した。そのため税を納めるた
めに休みなく働かなければならなくなった。安息日を守らないということはユダヤ教伝統の律法を破ることであり、律法を破る者は
罪人として差別され、ユダヤ社会の中ではまともに交際してもらえなくなることだった。税へのそういう恨みのほかに、デナリウス硬
貨にローマ皇帝の肖像が刻まれている
ことがユダヤ人の神経を逆撫でした。なぜならば、神格化したものを彫るのは明らかに神
の言葉、中でも最重要である十戒に反することだからだ。十戒の第二版にはこうある。
「刻んだ像をつくってはならぬ。どんな像を
つくってはならぬ。その像の前にひれ伏してはならぬ。それらを礼拝してはならぬ。」
神は霊であり、形ある存在では無いとした
宗教はユダヤ教だけだった。ユダヤ人たちは自分たちの信じる神が他国の偶像神などとはまったく異なるものであり、真の神であ
ると信じていた。そういう彼らがローマへの税を納めるときは、かならずデナリウス硬貨をつかわなければならないのだから、いや
ましに嫌悪はつのった。
貨幣はたんに流通と交換の手段となるものではない。その意匠には、何を信じるのか、何を権威と認めるのかというメッセージが強
く打ち出されるのである。貨幣存在の第一義は経済では無い
ということだ。
利息についての聖書の言葉
聖書のレビ記、申命記にも「利子をつけて彼らに貸してはならぬ」と神が命じている。しかし、紀元前15世紀頃の神からの命令であっ
たこれらの文章の前後を読むと条件がつけられていることがわかる。例えば、ここに引用した最初の文章にある「彼ら」とは、貧窮
している者のことなのだ。直前の文章は次のようになっている。
「お前の兄弟が貧窮に陥り、その人がそばで手を震わしているなら、おまえは彼を支えよ。他国人または同居者として、彼をともに
生活させよ。こういう人々かr、利子を取ってもならず、労働を強いてもならぬ。」ここで兄弟と呼ばれているのは血を分けた兄弟に限
らず、同じ神を信じる同胞のことだ。次にこう書かれている。
「兄弟ではなく、他国人からなら利子を取っても良い」
つまり貧しくない者、他の神を信じている他国人ならば、利息を取ることは原則的には禁じられていないわけだ。しかしながら、他の
箇所では「他国を虐げてはならない、自分たちの同胞と同じように接するように」という言葉がある。それが利息にまで及ぶことなの
かどうかは判然としていない。ユダヤ人にとっても同様で、はたして貸金の利息を取ることが良いことかどうかについて、古代からず
っと研究され続けてきているのだ。
ユダヤ人は本当に高利貸しか?
ユダヤ人は昔から高利貸しだといわれている。ヨーロッパから中東にかけて根強いこの噂には一面の真実が含まれているが、その
イメージを拡大したものの一つは、なんといっても有名なシェイクスピアの戯曲「ヴェニスの商人」だろう。この戯曲には金銭の賃貸の
契約を利用して私的な恨みを晴らそうとするユダヤ人貸金業シャイロックが出てくるのだ。
シェイクスピアの偏見
この戯曲で特徴的なのはユダヤ人が徹底的に悪者にされていることだ。その理由は単純でユダヤ人商人シャイロックが利息を取っ
て金を貸しているという一点である。シェイクスピアがイギリスでこの戯曲を書き、上演されたのが1598年頃だった。その少し前、
1594~98年イギリスは未曾有の不況であり、多くの人々がお金に苦しんでいた。そういうときだから金貸しで儲けていたユダヤ
人をこらしめるようなこの戯曲に人気が出たのである。もっとも当時のイギリス人の多くは本物のユダヤ人を見ていない。シェイ
クスピアでさえ、ユダヤ人を見たこともない。というのは、イギリスでユダヤ人はこぞって300年前の1290年に国外追放されてい
からだ。つまり、シェイクスピアが「ヴェニスの商人」を書いた頃にイギリスにユダヤ人は一人もいなかったということだ。つまり
作者のシェイクスピアはこの戯曲を16-17世紀当時のユダヤ人に対する偏見を土台にして書いたのだろう。昔から伝え聞く、悪評
や噂の実体を見るようだったため、多くの人々がこの戯曲をおもしろがったわけである。
ユダヤ系マルクスの資本論
共産主義革命の理論書となった大著「資本論」を書いたことでカール・マルクス(1818~1883)という名前は世界的に有名になった。
あの印象的な髭もじゃの風貌も広く知られている。しかし、マルクスがドイツ人だったことを知っている人でも、ユダヤ教のラビ(律
法学者)の家系に生まれたことを知らない人は多いだろう。ユダヤ人家系ではあるが、マルクスの父親はキリスト教プロテスタント
に改宗した弁護士だった。母親はドイツ系ユダヤ人の特殊な人口言語であったイディッシュを話していたからユダヤ色のかなり
濃い環境に育ったというべきだろう。マルクスは長じて無神論者になり、博士号を取得したのちは反体制的な新聞の編集者になっ
た。その後、危険人物視されたためにイギリスに渡り、大英帝国博物館にこもるようにしてドイツ語で「資本論」を書いた。マルクス
は何をどのように考えて資本と労働の関係について分厚い本など書いたのだろうか。彼の主張の本筋はこうだ。人間と世界を変え
るのは宗教ではなく、「お金の扱い方、欲望の秩序が人間と世界を変える。」
というのだ。マルクスにとって、宗教は経済闘争の副産
物でしかなかった。社会の経済的秩序がどうあるかによって、宗教に変化が起きるとした。そして、「経済のあり方が歴史を形成す
るのだ」という。よって経済闘争のない秩序、私的所有のない秩序を確立することによって、社会的不平等はなくなり、新しい世界が
生まれるという。その変革をもたらすのが共産主義革命なのである。マルクスの理論によれば資本主義の発達した国でこそ共産主
義革命が生まれるはずだったが、実際そうはならなかった。そしてまた、彼の嫌っていたユダヤ人インテリ層が共産主義革命に多く
関わったのである。もちろんプロレタリアと呼ばれた労働者層も革命に積極的に参加した。しかし彼らは「資本論」を読んで理解し
たうえで革命に賛同したわけではなかった。多くの者は働きづめの自分たちは資本家からごっそり搾取されているという怒り、本当
はもっと多くの賃金をもらえるはずだという利得の欲望から行動したのだった。そのために何十万人と言う人が革命の嵐の中で死
んだのである。
【差別被差別構造】
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