祖母の歌

遥か昔の話、25年くらい前だと思うが、祖母が生きていた時代、祖母の家に行った時のことだ。その時、祖母と、そして私の妹と百人一首を興じたことがある。当然ながら祖母は百人一首の勝負に興味は無い。祖母が絵札を読み、読み終えてから、祖母は探し始め、かつ我々二人に花を持たせるため、祖母はかなり控えめに札をとる。時折、札が遠い時は、杖を使って、トンと取る。
百人一首の歌は今となっては、ほとんど覚えてないが、一つだけ覚えている
久方の 光のどけき 春の日に しづこころなく 花の散るらむ
下の句は、御覧の通り、「しづこころなく」から始まる。祖母の名はしずこという。私と妹は、祖母が子供の頃の武勇伝をよく聞いていた。
「百人一首のこの句で、『はい!』と一番に取った。そして『さすが、しずちゃん、下の句は”しづ”だからなぁ』と言われた。」
つまり、この紀友則の句は、祖母の句であった。それにも関わらず、妹は「花の散るらむ」と同時に「はい!」と発声して字札をとった。寒い・・・、どこまでもサムイ妹だと思わんかね? 親の財布から金を盗むわ、俺の部屋を荒らすわ・・・。頭が悪いのかな? 百人一首の一句も覚えられない気の毒な妹なのかもしれん。血を分けた妹とは言え、これから将来の投資一族の一員として、数えようと思うかね?
女系一族家の筆頭である祖母は、一族の頂点に君臨しており、偉大なる我が母も絶対に逆らうことができなかった。祖母は特に私の体調管理にはうるさかった。
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祖母は息子(私から見ると伯父さん)、邦男さんを亡くしていた。15歳の時だったそうだ。当時の結核といえば不治の病で、感染のリスクが高いため隔離病棟に移されて死を待つばかりという重病だった。祖母は果敢にも決死の覚悟で邦男さんを何年にも及んで看病し、その間、私の母は曾祖父の家で母親以外に育てられた。だが、邦男さんは、残念ながら亡くなってしまった。祖父は戦争から帰ってきたら、息子が結核に犯されていると聞かされた。祖母はよく邦男さんの話を私にした。女系一族家で私が一族家の血を継ぐ唯一の男であったこと、理科の趣向を持っていたことが、邦男さんを彷彿とさせたようだ。「邦ちゃんも算数が好きだった。知恵の輪も得意だった。力ではなく、頭で外すんだ・・・無理なくすーっと外せるはずだ・・・」と知恵の輪でよく遊んだことを覚えている。「我々はみんな文科の家系だが、嘉一さん(私の曾祖父)と邦ちゃんは理科だった。将来は理科に進むのかね?」と祖母によく聞かれた。
祖母にはよくしてもらっていたが、祖母に言えないことがあった。風邪をひいた、怪我をした、近視であること、このような身体に関するマイナスのことは、母からの厳命で、祖母に言うことを禁止されていたからだ。このようなことが祖母にバレると母は「子供の体調をしっかりみてやるのがお前の役目・・・」から始まる厳しい叱責を受けることになる。怒鳴られたりすることは無いが、祖母の言葉は非常に重い。母にしてみれば、祖母は邦男さんにかかりきりで自分は放っておかれたという感があるのか、叱責を受けた後は「死んだ子は可愛い。頭の中で理想化されるからな。男の子が死に易いなんてのは現代の考え方ではない。」と吐き捨てるように言っていた。
邦男さんを亡くしたことが祖母にとってどのくらい大きかったのか、私はそれをリアルタイムで見ていたわけではないが、それがわかる時があった。祖母と祖父はよく口喧嘩をしていた。祖父は怒ることを忘れた一族家の婿であるから、通常は祖父の無駄遣いを祖母が指摘し、祖父は黙っているという光景である。勢い余って一度だけ祖父が「お前が邦男をXXXに連れていくから・・・」、XXXが地名だったのか施設の名前なのかは忘れてしまったが、邦男さんの結核の原因を追及しているような会話だったような記憶がある。祖父の言葉少ない指摘であったが、あの穏やかな祖父が喧嘩の勢い余って、思わず言ったというより、静かな怒りが感じられる目をしていた。その時だけは祖母が黙っており、とてもつらそうな顔をしていた。邦男さんが亡くなってから50-60年経っているはずだが、かなり深い溝があるのがわかった。
私にも、そして私の母にもわからない感覚だが、不幸にも子供を亡くしてしまった親が背負う罪悪感は、おそらくかなり重い。殺人をして、うまく逃げたりすると、一生罪悪感に悩まされるとよく言われているが、それと同じくらいの感覚であろう。不慮の事故や病気ゆえ、罪ではないので、裁判も刑期もないから余計にふっ切れない罪悪感が残るのかもしれない。
さて、そんなことを意識しながら・・・、映画「ぽっぽや 鉄道員」(1999年)、高倉健 見てみましょう。
1回目の鑑賞では「ゆっこか・・・」 で涙腺崩壊
2回目の鑑賞では「今度1年生になるの」 で来るぜ・・・。
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