ドケチ感覚は強制的に研ぎ澄まされるのか

「お金あったら良いなって、とくちゃん一体何が欲しいのかね? 
伊勢丹に行こうが、高島屋に行こうが、あそこには俺の欲しいものは一つも売られていない。」
とくちゃんが半ギレしながら言った。
「それは嘘でしょう。エキゾさんは自分の物欲を抑える鍛錬をしているからですよ。
普通の人間は消費したいものです。」
うーん、物欲を抑える鍛錬か・・・、消費すればするほど負けた気持ちになるんだよ。
極論すれば金が減って増えることがない。確実な減少という事実が残って嫌な気持ちにならないか?
もちろん効用はあるよ。俺は記憶力が悪いから消費が嫌いなのかな。残高は冷たい数値として記録
されるが、効用は頭の中に”幸せな気分”として記憶しておかないと、本当に何も残らないからなぁ。
とか、ずーっとウジウジ考えているんだが、とくちゃんが正しいのかもしれない。というのは
飯にかかる金も、明日、トイレの奥底に消え行くもののために・・・と思うとおいそれとは使えない。
食欲はどんな人間にも絶対にある。本能である食欲を、ある程度のレベルまではドケチ精神で封じ
込めるような生活習慣は、明らかに自然の摂理に反する。こりゃ確かに鍛錬かもしれん。
なんで食欲を抑えるのか? 自分なりの解析は、一人暮らしの短さにある。約3年だけなのだ。
残りは、家に帰ると飯がある状態。これ食ったらいくらの金がかかるという性質の飯ではない
結果として超高い飯だったのではないか? という批判はよく受けるが・・・。
飯に金がかかっているのはわかっているが、その意識がどうしても低くなる。外食やコンビニ飯など、
食欲を満たすと供にキャッシュアウトが伴う生活に慣れさえすれば、飯=金が減るという事実を強
く意識することができるようになるのであろう。
煙草の方が無駄だし高いだろ!! というツッコミがあるだろう。
おっしゃるとおり。だが、家に帰っても煙草は出てこない。家族に喫煙者は居たことがない。煙草は
買って吸うものと頭にインプットされているから抵抗が無い。
私は環境が恵まれていたのだろうか。子供の頃、衣食住は満たされていた。だからそれらは自動的
に供給されるという意識がどうしても働く。だから逆に自分では、衣も、新しいのを買えないし、消耗品
である下着を買うのもとても勇気のいる行為で、この前、日本に帰った時に、穴の開いたパンツを実
家で捨てられ、現在、替えが少なくて困っている。今となっては親もパンツを買ってくれない。
住も寝るだけのところにどうして金を払う必要があるのだ? とついつい考えがちになるのは、家賃とい
う概念が子供の頃になかった影響だろう。
ここで読者に問いたい。現代の日本社会において、衣食住が満たされていない状態で少年時代を
過ごした人は稀だろう。実家で何不自由なく、ゼロコストかのような錯覚を持ちながら暮らしてきた貴
君らは、何故、衣食住に金を使えるのかね?

それとも、皆さん、とても教育熱心な父親に
「おんどれー、このゴク潰しの糞ガキャー、テメー、無駄に成長しやがって、その度に買い換えてる服、
それに必要な食費、テメーがガーガー寝てるスペースのための土地代と固定資産税と建物の減価
償却、さらには光熱費や電話代コミコミでいくらかかってると思ってんだ、オラ!!
学校の勉強なんかする前に、まず、そっから計算せんか! このボケがぁ!!」
とでも言われながら育ったのですか?
逆に親が積極的に子供のために使ってくれないであろう喫煙、飲酒、博打こそが、初めての自分の
意思、自分の金の使いどころ
と考えるようになるのが自然だとは思わないかね?
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