シャープ「液晶敗戦の教訓」 2/3~亀山工場と堺工場

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新竹サイエンスパーク(新竹市東区)は、台湾のシリコンバレーとも言うべきハイテク企業の集積地である。パーク内には、国立研究所である工業技術研究院(ITRI)や、交通大学や精華大学などをはじめ、半導体の前工程だけを受託する世界最大のファウンドリ事業を展開する台湾積体電路製造(TMSC)、世界有数の液晶メーカーである友達光電(AUO)等がある。もちろん、日本のハイテク企業、アメリカのハイテク企業も、ここに台湾での拠点を持っている。広さは約8平方キロメートルでここに約400社があるので、シリコンバレーよりも面積当たりの企業の密度が高い。またITRIか海外に行ってITRIに戻ったり、ITRIから民間企業に移動するといった人の流動性も、シリコンバレーより高い。そのため、この章でテーマとしてきた技術流出も起きやすい環境にあると言える。ITRI出身で、パーク内を案内してもらった技術者はこう言った。
ここでは情報の秘密保持は不可能です。すぐに漏れます


技術や情報は人ともにあるので、その流動性も高いというわけだ。講演は英語だったが、集まった聴衆の全員が英語を理解できるのだろう、講演が終わるとすぐに質問された。
「なぜ日本は台湾と合弁企業を作り、台湾に技術移転をしたのか?」
この質問は台湾の人からよく受ける質問である。私は、最新技術は日本に温存して一世代前の技術を移転するという「住み分け理論」を説明した。すると、質問者は納得したが、講演後の昼食の席で、経営幹部からは、ずばりこう指摘された。「日本が台湾に技術移転したのは、日本の戦略の誤りだ」 私は「確かにその通りだ」と答え、「提携を通じた技術流出が致命的な敗因になった」と応じた。住み分け理論は通用しなかったのである。AUOは、先頭を走るのではなく、すばやく後を追いかける『ファースト・フォロワー』を目指している。このため積極的に情報収集をしている」 私がこの時講演した内容や特許についても、すでに情報収集をして知っているというので驚いた。そこで、投資戦略について聞くと、「あらゆる情報から『正しいタイミング』で投資する」と、その幹部は語った。
シャープは2002年2月14日に、亀山市に新しい液晶パネルと液晶テレビの工場を建設すると発表した。ただ、韓国や台湾の液晶メーカーの追随を警戒し、ガラス基板サイズや設備の詳細は明らかにしなかった。では、完成した亀山工場はいったいどのような工場だったのだろうか? 東京ドームの約7倍の敷地に大きな工場設備に大きな工場設備が並んでいる。液晶パネルを生産する第一工場と、後に建設された第二工場、そして液晶モジュールと液晶テレビの組み立て工場である。亀山工場の大きな特徴は、液晶パネル工場と液晶テレビ工場を同一敷地内に建設したことである。これは「液晶パネルの生産から液晶テレビの組み立てまで」を一貫して手がける「水力統合型」ビジネスモデルである。それまでは、液晶パネルを生産する工場とテレビを組み立てる工場が異なっており、液晶パネルを組み立て工場に運搬していた。このロスを廃して垂直統合型にすることにより、運搬コストを安くできるだけでなく、液晶パネルから液晶テレビまでの「付加価値」を自社に取り込める。液晶パネルを自社で開発・生産することにより、鍵となる部品「キーデバイス」としての強みを確立する。キーデバイスを、自社ブランド「AQUOS」の製品に組み込む。これが「亀山モデル」の戦略だった。
2007年7月31日、シャープは液晶パネルと太陽電池の新工場を大阪府堺市に建設すると発表。記者会見で、片山幹雄社長(当時)が、その概要を説明した。堺工場では、世界最大となる第10世代の液晶パネルと薄膜太陽電池工場を作る。そして、ここを「21世紀型コンビナート」と名付けて、今後大規模に展開していくというのだ。このとき、片山氏は、「シャープが堺工場で目指すのは、世界で誰も見たことないレベルのものづくり」と述べ、その構想の要点を二つ挙げた。「亀山工場で培った垂直統合型のさらなる深耕化」と「薄膜技術の水平展開」である。亀山工場で採用した「垂直統合型ビジネスモデル」の結果、多くの戦略的パートナーが亀山工場の周辺に工場を建設した堺工場では、これをさらに推し進め、パートナーを同じ敷地内に囲い込み、企業の垣根を超えた垂直統合型を目指そうというのだ。そうして「すり合わせ」をより強化するという構想だ
亀山第一工場の約4倍もの額を投資することに
堺工場は、一言で言うと亀山工場の進化形である。亀山工場をさらに巨大化したものだった、ではなぜ、シャープは堺市を選んだのだろうか? 最も大切な点は、敷地が遊休地であったということで、大規模な工場を迅速に立ち上げられるということである。経営戦略にはスピードが要求される。とくに液晶パネルのように、市場のスピードが速い商品には、スピードを重視した経営戦略でなければ、リターンは得られない。つまり、堺市の遊休地を選んだ最大の理由は、大規模な工場を早期に建設することが可能だったからである。もちろん、「21世紀型コンビナート」と言う以上、広大な土地が必要だった。
実際、堺工場の敷地は、1961年に新日鐵の堺製鉄所が操業をはじめてから、いくたびか埋め立てによる拡張が行われてきた。鉄鋼不況で工場が移転してしまうと、単なる遊休地として放置されたままになっていた。その後、湾岸地域の工場進出を抑制する工場等制限法の廃止・見直しが行われ、大規模工場の建設が可能になったのである。一方で、実は大きなデメリットもあった。片山社長が述べたように、遊休地でシャープの各工場とも近く、関西空港からの交通の便も良いというメリットは、その分、土地の代金が高いこととイコールである。堺工場の土地代は亀山工場と比べて大きく跳ね上がることになる。堺の液晶パネル工場への投資額は、当初、新工場の土地購入代金を含み3800億円とされた。じつに、亀山第一工場の約4倍もの額だった
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