ルービニ教授がパネリストとして招かれた2006年1月のダボス会議のある討論会において、欧州の通貨問題が議題として取り上げられたことがある。そこでルービニ教授は例によって極めてストレートな表現でイタリアの財政の脆さを指摘し、イタリアはほとんどアルゼンチンと同じだ、と述べてひと騒動が起きる。パネリストの一人がイタリアのトレモンティ財務相であったからだ。財務相はその発言を途中で遮って「お前なんかトルコに帰れ!」と、公式の場で教授を罵倒したと伝えられている。教授はその後、この財務相の発言はイスタンブール生まれの自分に対する軽蔑というよりも、EUに加盟しようと努力しているトルコに対して大変失礼な発言であるとブログで批判しつつ、淡々とイタリア財政の問題点を再強調していた。
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教授が一躍世界の注目を浴びることになったのは、2006年9月に開催されたIMF総会の際に、強烈な米国リセッション予想を放った「事件」であろう。ゴルディロックスに酔いしれていたのは資本市場だけではなかった。著名な経済学者らも、世界的不均衡などの問題は認識しつつも、それが危機的な状況にまで至ると考えていたわけではなかったのだ。そこに、ルービニ教授が公式な場で一石を投じたのである。当時の記録によれば、教授の超悲観論は会場から多くの支持や理解を得たとはとても言い難い。だが、一年後に世界中の人々は、それが恐るべき「正確な予言」であったことを知ることになる。


もっとも同教授の超悲観論は一部ではすでに有名であり、「万年弱気論者(Perma-Bear)」とも呼ばれていた。経済も相場と同じで、弱気論であっても強気論であっても常に同じことを主張して続けていれば、いつか「当たる」時期はくるものだ。米国だけでなく、日本でもテレビや雑誌で、そんな「予想屋」を見つけることはそんなに難しいことではない。世間では、当たり障りのない見通しやどちらとも取れる曖昧な意見を専門家よりも、たった一度であっても、まさにそれが滅多に起こらないような極めて重要な転換を正確に予想することができたエコノミストがいるとするなら、その言動に注目しない者はいないだろう。2007年秋以降、金融市場が恐怖感に包まれていく中で、市場もルービニ教授の「予言」を無視することはできなくなっていった。バーナンキ議長が住宅関連証券化商品の損失額を1000億ドル程度と見積もり、メディアが金融機関の損失総額を2000-3000億ドルと予想していた頃、「損失額は1兆ドル以上に及ぶ」と最初に大胆な、そしてほぼ現実に近い数字を予想したのはルービニ教授であった。
1ドル紙幣とは何か、その価値は何なのか、そんなことを考えていては、金融取引などできない。イエスは本当に復活したのかといった議論をしていては、キリスト教は成り立たないだろう。それと同様に、通貨とは何であるかなどを考え出せば、金融産業は発展しないのである。良くも悪くも金融は信仰として成立していることを、人々は21世紀になってようやく学んだように思える。2008年の市場激震は、通貨とは何か、流動性とは何か、といった根本問題を再考させる契機となった。危機を迎えた資本主義は、まさに宗教改革を必要としていると言ってよい。通貨の意味を、そして国家財政と金融の関係式を改めて問うことなしにこの資本主義の危機は克服されないだろう。
> はい・・・、おっしゃる通りでして・・・。金融先進国では通貨の意味を問うことを忘れるんだよね。

予見された経済危機 予見された経済危機
倉都 康行

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