あらゆる可能性を考えると出てくる「格安生活圏構想」
ところで、「1人当たりの支給額を減らす」方法として、今は各種手当ての打ち切りなど支給額をカットすることばかりが検討されていますが、実は、「生活に必要な額を安くする」という方法もあるはずです。生活に必要な金額は、居住地域や形態によって大きく異なります。寒冷地では暖房費や衣服費がかさむし、家賃の高い都市部は地方より住居費がかかります。医療費に関しても、病気の予防にかかる費用のほうが、悪化してから手術や透析など大掛かりな治療をするより圧倒的に安くて済みます。さまざまな工夫により、同じ快適さの生活をするにしても必要な生活費を下げることは可能ではないでしょうか? この観点から、ちきりんは2008年に「日本にも格安生活圏をつくったらいいんじゃないかな?」というブログエントリを書いています。というのも、日本の街はどこもかしこもハイスペックで素晴らしく住みやすいけれど、それにかかる費用、つまり、基礎生活費が高すぎると感じるからです。多額の敷金礼金や保証金がかかる賃貸住宅、基本料金だけでも数千円ずつ必要な光熱費、無料のはずなのに教材費や給食費、修学旅行費など多額のお金が必要な義務教育、高額のメンテ費用をかけて一年中掘り返され、キレイに整備された道路…。この国は「健康で文化的な最低限の生活を営むための生活費」が高すぎると思いませんか?
Slum.jpg
ちきりんは、スーパーマーケットで売られているイチゴのパッケージを見るたびに溜息が出ます。イチゴがみんな同じ方向に並んでいるからです。誰がイチゴをひとつずつ並べているのか知りませんが、その手間代はイチゴ代金に含まれています。そしてその手間代を払える人しかイチゴが食べられないのです!(こんなふうに並んだイチゴしか見つけられない国は、他にありません) などという例は卑近すぎるとしても、海外の大都市の多くには、家賃から物価までバカ高い高級住宅地がある一方、格安に生活できるエリアが都市部近郊に存在します。そういった地域では、1か月分の家賃が払えない人でも部屋が借りられるよう、週ごとに契約できる安アパートが集まっていたり、屋台で格安な食事ができます。ミネラルウォーターのボトルもビジネス街の半額だったりします。また塾に通ったり習い事をする子供も少なく、「お金が無いから子供が産めない」という話にもならないため、少子化も進みません。こういった地域を“スラム”とか”貧困地区”と呼ぶ人もいますが、今の日本のあまりに高品質で維持費の高い住環境を考えると、むしろそういった地域を「格安生活圏」として認知し、その存在を認めていくのも一つの方法ではないかと考えています。
こう書くとすぐに「格差の固定化を認めるのか?」などの反論を受けるのですが、現実に格差があるのに全員に同じレベルの家賃や光熱費を払わせるから、お金がなくてアパートを追い出されたり、電気を止められる人が出てきているのではないでしょうか?「たまに停電するけれど、電気代の基本料金はゼロ」というような「サービスレベルは高くないけれど、格安に暮らせる地域」があれば、今より楽に暮らせる人は確実に増えると思います。


長い間、日本に住んでいないと、非常に同意できる構想である。しかし、日本が全国一律に素晴らしい都市環境があり、スラム=格安生活圏が存在しないのは、他の国に比べて”格差”がほとんど存在しないからである。過剰なサービスと質は、イチゴや安定電力だけにとどまらず、1分たりともずれることなく運行される電車、1円が扱えるATMなど、キリ無く挙げられるが、最も笑えたのは、LCCの客室乗務員に笑顔が無いと怒っている奴がいることだ。サービスの質を少し落としてもいいから安いものを、あるいは金払ってないんだからサービスは落ちて当然、というのが認められない国民性という現象なのだ。これと同じことは、リゾート地のホテルや格安ホテルのレビューに、朝飯がまずい、お湯の出が悪いなどと書き込んでいる日本人が多くいる。海外旅行をしているのなら、日本の常識は世界的には非常識ってことに気づけよw
さて、そんな日本のことはおいといて、シンガポールの話をしよう。一般にシンガポールは、家賃・生活コストが高いと言われている。コンドミニアムの家賃で多いのは月4000SGD(=約32万円)、日本のラーメンは20SGD(=約1600円)、マルボロ赤は12.5SGD(約1000円)、車は日本の2.5倍程度である。シンガポールって物価高いでしょう? 当たり前で、日本より高いものだけを列挙しているからである。しかし、観光客であってもシンガポールに来たことがあるならば、この国の物価がそれほど高くないことを見抜けないようでは、アジア一国一愛人構想は理解できんぞ。街を歩いただろう? ホーカーセンターという食事をするところがある。そこで皿を片付けている民を見たか? とても4000SGDの家賃を払えるとは思えない貧しい顔をしているはずだ。一人当たりGDPは日本より若干高いが、富は日本のように一様に存在しているのではない。年金制度はあるが、老人が皿片付けの仕事をしているということは、年金を受けられない、あるいは年をとっているのに肉体労働しなければならないほどしかもらえない現実があるのだ。そして、シンガポールに貧しい層がいるということは? 必ず安い家賃があるということに気付かなければならない
格安生活圏、格差というものは、日本で作るとか、いや格差はどうの、とかの議論に付き合う必要はまったくなく、もう少し視野と行動範囲を広げるだけ、アジア諸外国で簡単に得ることができる。日本では無条件に嫌われている格差だが、自分に都合よく利用すべき存在なのである。

買収が上手な会社と下手な会社には、2番目の買収戦略の検討プロセスに大きな違いがあります。欧米のコングロマリットなど、買収を繰り返して成長する企業は、平時から買収戦略を練り上げています。世界のどの会社が売りに出されたら買うべきか、その際いくらまで払っても良いか、もし買えたら買収後はどのように経営すべきか、経営統合後はどのブランドを残すべきか、というようなことを、この段階で検討しているのです。ところが買収に慣れていない企業では、この事前検討をほとんど行っていません。検討するのは、投資銀行から「アメリカの○○企業が売りに出ています。買いませんか?」と持ちかけられた後です。具体的な案件が持ち込まれてからでは検討時間が足りず、買収後の経営計画などほとんど白紙のままで買収の判断をすることになります。これが買収の正否に大きくかかわります。買収価格が10%違っても、500億円の案件で50億円高くなるだけです。しかし、買収後の経営がうまくいかなければ企業価値は株価の下落という形で何分の1かまで減ってしまいます。企業買収においては「いくらで買収できたか」より「買った会社をうまく経営できるか」という点のほうがよほど重要なのです。

ハハハ、耳が痛い会社が多そうだな。しかし、買収に関して常に検討し、買収後の経営、統合効果も考えているとしても解決しない。日本人が頭が悪いとか劣等だとかいう問題では無い、経営や経済合理性の追求に不向きな国民性というだけなのである。前述の文章をコピペして、海外企業買収のケースに言い換えようw
日本の企業、役員が買収後の経営計画に考えが無いわけではない。決断と責任、M&A、株式投資、資本主義というものに不向きな国民性と税制は、日本の土壌・長い歴史によって形成された文化であり、特に貪欲な資本主義の権化の象徴のような米系投資銀行とはまったく異なる。世界で唯一の平等社会、共産主義的労働環境で働いている日本人は、世界で唯一、資本主義や競争原理を理解できない土壌が整っているのだよ。
【民族主義・国民性】
2013.07.04 日本一の田舎はどこだ
2013.01.21|民族世界地図 1/2
2012.11.12 もっと知りたいインドネシア 2/3 ~地理と民族
2012.04.24: 美しい国へ 1/3 ~国家が民のためにしてくれること
2012.04.20: マクリッチー攻め第3弾 ~昭南神社探索
2011.12.27: 民主主義というのも民に自信を持たせるための方便
2011.07.12: 父親の条件2/4 ~フランス人の高慢ちきな態度はここから
2011.05.09: 日本改造計画1/5 ~民の振る舞い
2010.07.13: 日本帰国 第一幕 靖国参拝
2010.05.25: 靖国で泣け
2009.08.20: インド旅行 招かれざる観光客
2009.02.04: 新たなる発見@日本
2009.01.23: ドイツからのお手紙 銘柄選定における国民性
2008.10.22: 香港とシンガポールの違い