共和という言葉は昔からあった。周の昔、厲王が出奔し、戇子の宣王が幼少だったので、周公と召公が協議して政治を行った。その14年間を『史記』は共和の時代という。別の資料によれば、厲王出奔後に共国の公爵で名を和という者が推されて政治をおこなったとする。いずれにしても春秋の109年前の西暦紀元前841年にあたる。1903年はまさにその年から数えて2744年にあたる。国学大師章炳麟の「共和」はけっしてrepublicではなかったのだ。上海の租界には清国の警察力は及ばないが、清国当局が重要犯人を逮捕した時は、工部局(疎開の行政機関)に「照会」しなければならない。いくら照会しても、国事犯ならその照会はたいてい却下される。
保皇会は革命派に比べて、金が集めやすかったはずである。康有為はいまでこそ西太后の勘気を蒙っているが、もとは皇帝の寵臣であった。出自ははっきりしている。学界ではその名を知らぬ者はない。それにくらべると、孫文はどこの馬の骨かわからない。康有為は一説によれば百万の金を集めていた。シンガポールの富豪邱菽園は、康有為に三十万両を拠出したが、自立軍の唐才常の手に渡ったのは二万両だけであった。康有為に住居を提供した邱菽園はまもなく倒産しているが、康有為はその後も優雅な生活を続けている。家産は清朝政府に没収されたのにこれは不思議なことであった。潔白な自分が陶成章っちにあれこれ言われているのに、敵対する保皇派で大金私呑の疑いのある康有為が大して指弾もされていないのが、孫文には不満であった。
xin_1021005091520140520212.jpg
1911年は辛亥の年である。同盟会はこの年のはじめに蜂起を予定していた。何度も延期したがそれは武器が集まらないからであり、つまりは軍資金不足の結果にほかならない。孫文はアメリカとカナダでけんめいに募金活動をしていた。華僑の公産を抵当に金を借りるとすぐにその場から香港に送金したのである。金銭問題であれこれ言われるのに彼はもううんざりしていた。なるべく入った金は手元にとどめないように心掛けた。日本から香港に武器を運びそこから広州へ密かに持ち込む。香港は自由港なので旅具検査はほとんどない。武器は小分けにして留学生が携帯荷物として運んだ。
広州放棄は十路攻撃の予定を急遽、四路に縮小することにした。十路攻撃を四路に縮小したが実際に進撃できたのは黄興の一路だけであった。二路は武器受領のため、始平書院へ行っていたが、その間に城門が閉じられてはいることができなくなった。三路は連絡を受けたはずなのにわざわざ人を派遣して本当に今日決行するのかと確かめている。しかも結局出撃しなかった。四路は蜂起の期日が改められたと思い込んでいた。この放棄では防諜を重んじすぎたあまり、相互の連絡に問題があったのだ。
水師提督李準の親兵大隊がやってきたが、蜂起軍から50メートルしか離れていない。林文が「我々は皆な漢人だ。力を合わせて漢土を恢復しようではないか!」と前に出てそう叫んだ。水師の兵が発砲して林文は頭に銃弾を受けて即死した。黄興は指と足に銃弾を受けながら喩培倫と合流するために双門底にむかった。そのとき前方から巡防の一隊がやってきた。じつはこれは革命の同志に率いられた防営の兵士たちである。蜂起軍は腕に白い布を巻いていた。しかし、士官の温たちは総督署に着いてから白い布を配ろうとしていたのである。何も知らない兵士たちが受けるショックの時間をできるだけ短縮しようとしたのだ。「兄弟よ、兄弟よ!」 士官の温は叫んだが腕に白い布を巻いていないで、蜂起軍は敵だと思ってこれを射殺した。防営からも応戦があった。
清朝当局は全国の鉄道を国有化する政策をとった。まだ敷設していない線でも、鉄道が通るというだけで外国からの借款の担保になる。賠償金支払いなどで財源の清朝は、まだ敷かれていない鉄路の線を担保にする以外財源が無いのである。金が無ければ政権の維持は困難である。
何か互いにボロボロ・・・。
【国民意識と愛国心】
2012.09.24 北京・ハルビンに行ってきました 5/13 ~中国の見えない壁
2012.06.21|第二次タイ攻略 4/15 ソンクランと国歌斉唱
2012.04.24: 美しい国へ 1/3 ~国家が民のためにしてくれること
2011.08.26: マハティール アジアの世紀を作る男1/4 ~東南アジアの雄
2010.09.10: ローマ人の物語 すべての道はローマに通ず
2009.08.19: インド旅行 文明という環境汚染
2009.07.20: タイ旅行 国土がある、通貨がある、言語がある
2009.01.23: ドイツからのお手紙 銘柄選定における国民性
2009.01.07: ユーゴスラヴィア現代史 ~国家崩壊への道 
2009.01.05: ユーゴスラヴィア現代史
2008.12.08: アラブとイスラエル―パレスチナ問題の構図
2008.10.22: 香港とシンガポールの違い
2008.08.22: Olympicと国家