信長は、つい二年前、飄然と美濃から京にあらわれた。将軍足利義昭をかついで、意気揚々たる上洛であった。そのころの宗易はまだ信長をよく知らなかった。-どうせうつけと評判の田舎者。すぐに消えるであろう。高をくくっていた。しかし、信長には野分か竜巻のような勢いがあり、たちまちのうちに畿内を席捲して、三好三人衆を駆逐してしまった。宗易をはじめ、堺衆は阿波の三好一族とむすびつきが深かった。そのため、信長から譴責された。矢銭二万貫。三好三人衆を支援した償いとしてそれだけ払えというとてつもない要求が、堺の町に突きつけられたのである。しかも、町の警護に雇っていた傭兵達を解散させ、濠を埋め、柵を取り払え、との通達であった。会合衆のほとんどは銭を払うのに反対だった。宗易も反対した。しかし、抗っても、どうにもならなかった。減免を願って岐阜まで行った十人は、牢に入れられ、何人かは首だけになって堺に帰ってきた。これ以上もたもたしていると、町を焼かれてしまうだろう。
-なんと。命の根の太い男なのだろう。あらためて、そう驚かずにいられない。ただそこにそうして長くなっているだけなのに、自分一人が天地の王者でもあるように泰然としている。何かに対して畏れるということを、まるで知らぬげだ。若い頃はそれがとてつもない頼もしさに見えた。長年つれそった今は、いくばくかの傲慢さを感じている。天下広しといえど、利休ほどあふれるばかりの自信にみちた男はざらにいないだろう。宗恩は、傲慢な男がけっして嫌いではない。秀でた男とは、そうした生き物だと思う。おのが道をつらぬこうとすれば、男ははち切れんばかりの自負をもたなければならない。利休は飛びぬけてするどい審美眼と奇智をそなえ、茶の湯者として天下一の声望と富を得ている。すこし鼻がのびて天狗になるくらいはしかたない。ただ、できることなら、傲慢な中にも、妻をいつくしむ心ばせをもってほしい。もっとよく妻を見ていてほしい-。そう望むのは女として、いたって自然な情ではないか。
夫の与四郎は、宗易などと号して、茶の湯にうつつをぬかしている。夫には女が何人か居るが、ちかごろ熱をあげているのは、能楽の小鼓師の若後家である。名を宗恩という。三太夫が若死にしたのをいいことに、その女に家を持たせ、足繁く通っている。-女くらい。なんでもないと、自分に言い聞かせて、たえは褥から身をおこした。苗字を田中、屋号を千と称するこの家に嫁いで10年余り。家業の干し魚の商いも納屋貸し業もいたって順調で、暮らし向きになんの不自由もない。堺の大店の主人は、たいてい外に妾の一人や二人は囲っている。そのことに文句を言うつもりはない。-ただ・・・。あの夫は、愛し方が尋常ではない。いったん気に入ったとなったら道具でも女でも、骨の髄までとことんしゃぶり尽くすように愛でずにおかないのが、夫の性癖である。それが耐えられない
 たえは、目の端で、宗恩を観察した。どれくらい、夫にかまってもらっているのだろうか。框にすわった顔に、肌つやと張りがあった。金と力のある男に言い寄られ、求められていることが、自身となっているに違いない。夫の宗易は、あれでなかなか男前だし、甲斐性は人並み以上にある。-どうせわたしは・・・。夫に必要とされていない女だ。ひがむ気持ちが生まれて、たえは、ぎゅっと眼を閉じた。眼を開けるとおちょうが一緒だった。この女を見るのは何年ぶりだろう。白い肌にやはり面長で、どこか宗恩と似たところがある。夫はこういう狐みたいな顔の女が好みなのだ。だったら、なぜ丸側の私を嫁にしたのか
三好一族は、四国の阿波を地盤としているが、長慶はいま摂津越水城にいる。西国街道を押さえる重要な拠点で三好一族にとっては畿内をうかがう出城でもある。長慶はまだ19の若さながら、いま畿内で一番力のある男だ。元服してすぐ、室町幕府の管領をつとめる細川晴元の被官となったが、さきごろ将軍家領地代官職のことで、細川家と一悶着あった。長慶は2500の軍勢を率いて堂々と京に上った。驚いた細川晴元は、長慶の言いなりになった。度胸も知略もある男だ。紹鷗としては、できるだけ関係を深めておきたい。
長慶19歳ってことは1541年か。大分時代が戻ってきたな。
先だって紹鷗の屋敷に行ったとき、書院で茶杓を見せられた。「わしが削った。どうだ」 書院の茶の湯ならば、茶杓は象牙やべっこう、ときには金、銀をつかって豪奢に作る。ちかごろ隆盛の侘び茶人は質素な竹を好む。侘び茶をはじめた村田珠光は、節のない竹をつかって抹茶をすくう櫂先の幅が広い茶杓を削っている。紹鷗の茶杓は細めの櫂先から下端の切止ちかくまですっきり瀟洒に削っておきながら、下端のちかくに節が残してあった。わざとそこに節が来るように竹を切って、削ったのだ。洒落てはいるが、作為が感じられて嫌味だった。出来の良し悪しをたずねられた与四郎は、うなずかずに答えた。「悪くありません」 紹鷗が眉をひそめた。「ふん。おまえなら、もっとおもしろく出来るというのか」 与四郎は帰って茶杓の竹を選んだ。茶杓の真ん中よりわずかに上に節がくるように竹を切って、丹念に削った。その茶杓をもって、また紹鷗の屋敷を訪ねた。茶杓をみて紹鷗がうなった。しばらく声がなかった。珠光の時代には竹の節は醜い邪魔なものとして切り捨てられていた。紹鷗はそれを端ちかくにつかうことで侘びをかもしだした。与四郎は大胆にも節を真ん中よりすこし上にもってくることで、草庵風の侘びに毅然とした品格を与えた。
女はおもしろい。音曲に合わせて舞わせれば華やかだし、ともに閨に入れば悦楽の仙境に遊べる。しかし-。それだけのことだ。女は、美しい。美しいが、くだらぬ生き物でもある。街の娘にせよ遊び女にせよ、すこし付き合いが深くなるとたいていの女はこころの底が透けて見えてくる。噂好きで、嘘つきで、嫉妬深く、高慢で、計算高い上に、怒りっぽい。
えっっと・・・この作家は・・・男か。いやまぁ、当たらずとも遠からずだが、なんか女に恨みでもあるのかねぇ?
【女のルール】
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