本は常に読んでいるのだが、放浪生活の際、あまりに多くの本を持っていると重たくてつらい。4月時点で20冊ほどの本を持っていたが、現在10冊以下に減ってきた。軽くするために早く本を読みたかったので、書評も書くのをやめていたのだが、あまりに面白い本だったので、久しぶりに記録に残しておこうと思う。ヒンドゥーとイスラームの隣同士で、牛と豚を食べてはならないというのは、食料の奪い合い止めるための方便として、合理的な社会規範として成立しうるのではないか? と考えている私に対して、かなり合理的な説明を与えてくれた本でもある。

インドのヒンドゥー教徒が肉を食べず、ユダヤ教徒とイスラム教徒が豚肉を忌み嫌い、アメリカ人が犬のシチューなど考えただけで吐き気をもよおすことを考えると、何を食べるに良いものとするかを決めるポイントは、単なる消化生理学を超えたほかの何かである、と思わざるを得なくなる。

好んで選ばれる食物は、忌避される食物より、コスト(代価)に対する実際のベネフィットの差引勘定の割が良い食物なのだ。つまり、選ばれる食物は、忌避される食物に比べて一般的に、一皿当たりのエネルギー、蛋白質、ビタミン、ミネラルが多いのだ。食物によっては、非常に栄養豊かでありながら、それを作るには多大な時間と労力がかかるため、あるいは土壌や動植物の生活に悪い影響を与えるために、またそのほかの環境問題の理由で、はねつけられるものもある。世界各地の料理にみられる違いは、大部分、エコロジカルな制約と条件に理由を求められ、その制約と条件は地域によって異なることを、本書で明らかにしようと思う。

例えば、肉食中心の料理は、比較的低い人口密度、作物栽培に不向きか必要としない土地に関連がある。逆の菜食中心の料理は、高人口密度に結びついており、地勢、地味と食料生産技術の制約から、食用動物を飼育すると、人間が手に入れられる蛋白質とカロリーの総量が結局は減ってしまうことになるようなところである。このあとわかるように、ヒンドゥー教徒の場合、肉生産はエコロジー的に非実用的で、そのマイナスが肉食の栄養上のプラスをはるかに上回っているから、肉は食べないのである。栄養上のエコロジー上のコストとベネフィットは、貨幣経済上のコストとベネフィットと必ずしも同じではない、ということである。アメリカなどの市場経済では「食べるに適している」は「売るのに適している」を意味し、栄養価値とは別問題の可能性がある。母乳代用品としての乳児用の調合乳の販売は、栄養やエコロジーより収益性が優先される典型的な例だ。

狩猟採集民は、しばしば、しとめた獲物の肉の特定部分を、ときには全部を、食べないで捨ててしまうという行動である。たとえばオーストラリアのピャンジャラ族は、しとめたカンガルーに近づくと、肉に脂肪がどれだけついているか尻尾で調べ、その様子が芳しくない場合は、そのまま捨てていく。また考古学者たちの頭を長い間悩ましてきた問題がある。それは、アメリカの大平原地帯の古代の野牛狩りの跡についてである。殺した野牛の数箇所だけが持ち去られており、おそらくその部分は食べられたと思われるが、その他の部分は、食べられもせずに、倒した場所にそのまま置き去りになっているのだ。この一見不合理で気まぐれと思える行為に対する説明は、狩人たちが脂けのない肉ばかり食べていると餓死する危険があるからということだ。長年エスキモーとくらし、生肉だけを食べて健康を保つすべを学んだヴィルジャルムル・ステファンソンは、そういう食事は肉に脂肪が多い場合にのみ成立する、と警告している。かれは、エスキモーやインディアン、また、アメリカ西部海岸地帯の初期探検者たちの多くが脂けのないウサギの肉を食べすぎたためにかかったと考えられていた症状、つまりかれらが「ウサギ飢餓」と呼んだ現象の生々しい描写を残している。

普通の脂肪量の食事から、急にウサギの肉だけの食事に変えると、最初の数日間、食事の量はどんどん増え、約一週間後には、最初の3倍か4倍食べるようになる。その頃には飢餓と蛋白毒の症状が出ている。幾度も食事をする。食べても食べても空腹を感じる。食べすぎのために胃が膨れて、気持ちが悪くてたまらなくなり、漠然とした不安を覚えるようになる。一週間から10日後に下痢が始まり、脂肪を取らない限り止まらない。数週間後、死が訪れる。

ちなみに、真剣にダイエットしている人なら、この処方箋に、アーウィン・マクスウェル・スティルマン医学博士の、金儲けのうまい、効き目抜群の、しかし非常に危険なダイエットを思い起こすのではないだろうか。このダイエットは、食べたいだけの赤身の肉、鶏肉、魚をいくらでも食べさせ、それ以外は何も食べさせない方法である。この脂肪のないウサギ肉市場を買い占めた最初のダイエットクラブは、今後さらに一層の金儲けをするだろう。

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