宗像検事は40~50枚ほどの証取法に関する調書を書いて持ってきていた。読むと私が5社から株を買い戻して譲受人に売却したと書かれている。コスモスの株式公開の幹事会社である大和証券の山中一郎専務から「公開直前になると創業者は自分の株を知人や友人に譲りたくなるものです。ですが、それは禁じられていますので止めてください」と言われていた。案の定、公開近くなってコスモスの役員や幹部、友人や外部の有力者にコスモス株を持ってもらいたくなった。幹部社員も株を持てば業績と株価を上げるよう頑張るだろう。有力者が株主なればコスモスの社格も上がる。そんな気持ちを抱くようになった。だが、山中専務に釘を刺されていて、私のコスモス株を譲渡するわけには行かない。そこで、公開1年10ヶ月前の昭和59年12月の増資の時、1株2500円でコスモスの増資を受けてもらった会社のうち、親しい友人が経営する会社5社にお願いして、コスモスの幹部社員や外部の有力者に1株3500円で株式を譲渡してもらった。それらの会社から譲受人への譲渡だから私は仲介者にすぎない。5社と譲受人との間で売買約定書が結ばれ、有価証券取引税も納付している。資金が私の口座を通っているわけでもない。そのことを話、これは事実に反していますので署名はできません」と私が署名を拒否すると宗像検事はそれまでとは一転、語調を強めた。「そうですか。せっかく使った調書に署名してもらえないのは残念ですね。検察庁に来てもらうとマスコミに囲まれて気の毒だと思い、リクルートの施設に来ているのに。そういう態度だと、本庁にきてもらうことになるよ。それでもいいの」
未公開株の取得は”値上がり確実、濡れ手に粟”と新聞に書いてありますよ
「株式は値上がりすることもあれば、値下がりすることもある性格のものです」
「じゃあ、あなたは値下がりすると思ってコスモス株を持ってもらったと言うの!」
「いえ、コスモスは第二次オイルショックが収まり地価が下落した時期にマンション用地を取得しているため業績が今後向上していく、だから株価も値上がりしていくと思っていました」
「そうでしょう。相手に利益を得てもらおうという気持ちがあなたにはあったでしょう」
「それはありましたが、株の譲受人に何か便宜を図ってもらおうとの気持ちはありませんでした」
「すぐ売れば利益が得られたじゃないですか」
「『すぐ売ってください』と言って持っていただいたものではありません。私も友人のオーナー社長に株を持たないかと言われ、7,8社の株式を公開前に買って、今も持っています」
「あなたはお金持ちだから売らなくても良かったでしょう。ファーストファイナンス(以下FF)から資金を借りて買った人の中にはすぐ売った人も居ますよ」
株価は動くもので証券市場の動向によって公開日の初値が払込価格を大幅に上回ることもあれば下回るケースもある。例えば平成19年10月5日の日経金融新聞には「IPO『全敗』9月、全銘柄公募価格割れ」と報じられている。だが当時は払込価格より初値が高いケースがほとんどだった。また、株の譲渡元の5社と譲受人との間で売買約定書が交わされているものの、多くのケースでFFが購入資金を融資している。銀行より1%高い7%の金利を受取っていたとはいえ、そのことが印象を悪くしていた
「FFはあなたの財布でしょう。だから、あなたの売買ということになるんですよ」
FFの資本金は500億円で、リクルートの資本金より大きい。当初は小林宏が社長だったが、FFの株式公開に向けて自身は副社長になり、東洋信託銀行から白熊衛氏を社長に迎えていた。
「FFは私の財布ではありません。押収された資料には、株式公開に向けてFFが日本証券業協会に提出する資料が大量に入っていたはずです」
「えっ、そうなの?こちらは手が足りなくて、押収した資料全部に目を通せてないからなぁ」
FFを私の個人会社と思い、小林を私の指示で私のお金の出し入れをしている人物と思っていたようで、宗像検事は拍子抜けした様子だった。