ネット上に蔓延るサラリーマンを揶揄する、社畜、ブラック企業、あるいは、空虚な羨望である外資系、投資銀行、正規雇用という単語群に私は嫌悪感を覚える。私も今でこそ無職なのだが、日本の会社に勤める日本のサラリーマンは、自らの仕事に誇りを持ち、きちんとした反論をすべきである。
私が新人だった頃、部長さんに「サラリーマンになったと思わないで欲しいんだよね。諸君らはビジネスマンです。」と言われたこともあるので、サラリーマン=会社の寄生虫、ビジネスマン=会社の収益に貢献する人、という言葉に昔からなっていたのかな。サラリーマンとビジネスマン、言葉の問題はさておき、ホリエモンやちきりんなどは「今時、大企業に入ろうとする大学生、感覚大丈夫?」的なことを言っているが、私の意見は大企業も悪くないと、今でも思っている。
私の前提は「会社の外に出た時、あなたに何が残りますか?」と問われて、明確に答えを持っているならばだ。何も無い人は会社の人、答えがあるならば、あなたは「その答えのプロ(職業人)」となる。大企業は資本力が大きいので、仕事も大きい。よってその道のプロと言っても個人の資本でそのキャリアを活かすのは難しい場合が多いだろう。その場合、プロとして、同業・類似の他社への転職が選択肢となる。
私は3社の大企業に勤めたことがあるが、最初に勤めた日本の総合電機メーカーでシステムエンジニアをしていた時代の話をしてみよう。従業員としてみればとても良い会社で仕事の楽しさを教えてくれたという意味で感謝している。
数か月の新人研修が終わり、配属された事務所に行くと名刺ができていたので、喜んで部長に「名刺ができました。部長に顔を覚えてもらおうと思って」と渡そうとしたところ、
「この名刺は1枚4円かかっている。うちの会社の半導体部門は1個何十銭の利益を産むために頑張っている人たちもいる。お客さんに配るのは問題ないが、社内で顔を覚えてもらうために配るモノでは無い。自分の部門の部下の名前くらいきちんと覚えていますよ、エキゾ君。」
と優しく諭されてしまった。どの会社も日本企業なら同じような構造だと思うが、部長、課長、主任、ヒラとなっているので3階級も違い、部長となれば部下は何百人もいるのに、たかが一人の新人の名前をよく覚えていたな、と感心した。でも次の会社の部長も、顔と名前だけでなく学歴、しかも最終学歴だけでなく、高校まで覚えていたので、そういう記憶力に優れた人でないと部長になれないのかもしれないw