貨幣経済学 マネタリーな経済学
『雇用、利子および貨幣の一般理論』という表題がいみじくも示唆しているように『一般理論』、ひいてはいわゆる「ケインズ経済学」は、すぐれて貨幣的(マネタリー)な経済学という性格を持っている。マネタリーという言い方は多義的で曖昧ではあるが、ここではとりあえず、理論体系全体の中で貨幣が圧倒的ないし本質的な重要性を賦与されているという程の意味で用いることとしたい。そして、このようなマネタリーの経済学の形成にはほかならぬ実務家としてのケインズの経歴が深く関わっているように思われるのである。ケインズは1906年インド省に入り、当初3ヶ月ほど陸軍局に勤務したあと、もっぱら歳入・統計・通商局で過ごしたわけであるが、そこで彼は日常の仕事を通じて、インド経済に関する豊富な情報、統計資料に接する機会に恵まれ、またヴェテランの金融局長ライオネル・エイブラハムズらから、インドの通貨ルピーの問題について、多くを学んだようである。いずれにせよ、インド省勤務はごく短期に終わったが、ケインズが通貨、金融あるいは経済の問題に「実地に」携わってゆく端緒を与えたものとしてきわめて重要である。
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1908年半ばには、ケインズはインド省を辞して、ケンブリッジの経済学講師に就任し、第一大戦勃発までの数年間交尾を続けるのであるが、その講義科目がモグリッジによって整理され、『全集』第12巻に載せられているので次に掲げよう。
貨幣、信用および物価
株式取引所とマネーマーケット
貨幣の理論
企業金融と株式取引所
通貨と銀行
インドの通貨と金融
マネー・マーケットと外国為替
経済学原理
インドの貨幣問題
今ひとつ注目しなければならないのは、株式取引所とか短期金融市場(マネー・マーケット)とかあるいは具体的なインドの問題とか、実際の制度や仕組み、あるいは運営等に関する深い理解無しには論じ得ないテーマが多いことで、実践的経済学者としてのケインズの姿勢というか学風のようなものが、早くも、『一般理論』に先立つこと20年以上も前の、この時点で確立しつつあることを示唆するものと言えよう。「インドにおける最近の経済事情」と題する処女論文を『エコノミック・ジャーナル』に寄せて、主として通貨管理制度の問題を扱い、それが事実上、学会、論壇へのデヴュー作となった。『インドの通貨と金融』が公刊される直前にケインズは「インドの金融・通貨に関する王立委員会」の委員として、そこで金為替本位制の提唱や「国家銀行(ステイト・バンク、中央銀行)」設立構想の推進など、積極的な役割を演じていく。