生来、賭け事を好むケインズは、早くも同年8月頃からきわめてアクティヴな個人投資家-というより投機家、さらにいえば相場師-としての活動を開始する。
Maynard-Keynes-Return.jpg
> 半端じゃないリスクの取り方ですね。一回ぶっ飛ばしているものの平均年間リターンは21%。いつの世も成功者はこのくらいですよね。ハァ・・・、俺、セコイなぁ・・・。
1919年秋以降、ケインズの投機活動は本格化する。それも当初は既に旧い固定相場制が崩壊し、フロート化していた外国為替の投機に集中した。彼のスタンスは、基本的にドルには強気で、フランス・フラン、マルク、リラなど欧州通貨に対して弱気というものである。そして、大蔵省時代の仲間であったオズワルド・T・フォークの会社にわずかな証拠金を入れて、外国通貨の先物売買を、大規模に、かつ連日のように行った。
事実1920年1月までに6154ポンドの利益が転がり込む。
> 1918年末の資産は7000ポンドだった。