男性作家が書く官能小説は、ほとんどすべてが、ペニスの長さを半インチ単位まできっちり描いているのに、ロマンス小説では、長さが明かされることはめったにない。男の象徴の実際の見た目は重視されていないのだ。それよりも奇妙なことだが、ペニス内部の血液の働きのほうが、はるかに重視されている。クリスティン・フィーハンの「激しく燃えて」に、こんな一節がある。「血が彼のペニスに湧き上がり、どんどん熱くなる。大丈夫かしら、こんなに熱くなって」。そしてヒロインがヒーローにキスをすると、「血は彼の肉棒の中でドクドクと音を立てた」。シロ・ウォーカーの「ジプシーの炎に触れて」にも「彼のペニスが奮い立った。ペニスの中で、血が激しくドクドクいっている」。「アラインの血がペニスの中で、ドクドクと激しく波打つ」。エレン・サーブルの「炎の日々」では「血が彼のペニスの中を勢いよく流れ」始めてから、「ペニスが熱い血で脈打ち、勃起する」までの様子が描かれている。
男性は、どのセクシュアルキューでも興奮する、ひとつのキューだけで性的興奮にいたる能力を「ORのパワー」と呼んでいる。ナイスな胸でもいいし、むっちりなお尻でもいい。ミルフでもいいし、おしゃれなヒール靴でもいい。しかし、女性はもっと要求が多い、心理的な性的興奮を認めるまでに、たくさんの判断基準をクリアする必要がある。夫になる男は、経済的に不安がなく、なおかついい父親になりそうで、なおかつ自信に満ち溢れていなければならない。このように、複数の基準を充たして始めて反応を起こす能力を「ANDのパワー」と呼んでいる。
あなたがストレートの男性なら男同士のセックスを描いたゲイポルノは、生理的嫌悪感を覚えて、とても見る気にならないかもしれない。しかし、もし勉強のつもりでちょっと見てみるなら、女性がポルノを見たときの気持ちを味わういい機会になる。つまり、体のパーツのクローズアップがあまりにも多くて、あまりにもどぎついように思えるのだ。
ウケの男は、服従することに官能的な悦びを覚えるタイプなのだろうか? これは単純に答えられる問題ではないようだ。「実際に主導権を握っているのは、ウケのほうだよ。ウケがペースを決めるし、ウケが入り口の番人を務める。女だってそうでしょ。セックスがどんなものになるかは女次第なんだよ。ウケは進んで支配される立場に身をおくのよ」。ゲイのほとんどが、セックスの先導役を務めるのはウケのほうだと認めている。
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