ラゾヴェール博士はゴム手袋をはめて、青酸カリの結晶を入念にすりつぶして粉末にした。彼はそれを気前よくケーキに振りかけた。彼はまた0.3gを数滴の水に溶かし、2個のワイングラスに注いだ。致死量は0.04gだ。ラスプーチンは髪や髭をきれいに洗って櫛でなでつけ、染み一つないブルーのブラウスを着ていた。彼は長老に毒のついていないビスケットを差し出した。最初、毒入りケーキを勧めた時、ラスプーチンはいらないと言った。さらにどうぞと言うと、彼はそのうち2切れを食べた。青酸カリは苦いアーモンドのような香りがするが、彼は何も言わなかった。しばらくして彼は喉が渇いたのでお茶を所望した。ユスーポフはワインを勧めた。クリミアの一族の領地で取れるユスーポフ・ワインである。だが、ラスプーチンはマディラ酒のほうが良いと言った。ユスーポフがこの男のことをよく研究しておいたならそれがわかっていたはずだ。彼は何も添加物のないワインのグラスを勧めようとして、それを落とし、別の毒入りグラスを渡した。彼は飲んだ。何も起こらなかった。ラスプーチンは「のどがちくちくする」と文句を言っただけだった。ラスプーチンは黒壇の飾り箪笥の小抽斗を開けたり閉めたりして面白そうに遊んだ。いつ彼が倒れるかと待ち構えていたユスーポフは、イリーナがそろそろ来るかもしれないので調べてくると言い訳して地下室から姿を消した。仲間の陰謀者たちは、階段の一番上にたむろして、「ヤンキー・ドゥードゥルドゥー・ダンディー」のレコードを何度もかけなおした。彼らは姿を見られてはならなかった。もしラスプーチンが国会演説で激しく自分を非難したプリシュケヴィチを見かけたなら、ただちに何が起ころうとしているか悟ったであろう。ラゾヴェールは、彼自身の弁によれば、毒物が効かなかったことにすっかりイライラして気が遠くなり、雪の庭に出てやっと生気を取り戻した。警保局長ヴァシリーエフは、ラゾヴェールが良心の呵責に耐えかねて、青酸カリの代わりにソーダかマグネシアを使ったと断言している。解剖の結果、毒物が発見されなかったことに対するもう一つの説明は、インチキ薬品製造業者が、軍部の医療隊に純正薬品でなく偽者を納入していたというものである。第3の、ユスーポフ好みの理由が、この邪悪な男は悪魔の力に守られていたのだという。