キモ面対決、さすがの私もコイツにだけは負けた。
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※プーチン大統領とラスプーチンは一切関係がありません。
ロシア皇帝(ツァーリ)一家と親密だった聖者グリゴーリー・ラスプーチンは、1916年にサンクト・ペテルブルクのある宮殿の地下室で殺害された。大勢いた彼の敵にとって、彼は邪悪の権化だった。殺されたのは彼が宮廷の影の実力者で、その悪影響が帝政の崩壊につながるとみなされていたからである。それから数週間のうちに300年続いたロマノフ王朝は消滅し、それとともに帝政下の生活様式も一掃された。ラスプーチンの全盛時代には、彼のことを公に取り沙汰することは検閲によって禁じられていたが、新聞の編集者たちは、ラスプーチンのことを書けば確実に販売部数が伸びたから、高い罰金を喜んで払った。彼の死後、著名政治家、法衣を剥がされた聖職者、秘密警察の役人、女性信奉者など、彼を知っていた人たちが書いた回想録はちょっとしたブームになった。彼を殺害したユスーポフ公は、事件の詳細を描いたベストセラー本と、ラスプーチンの映画を製作したハリウッドのプロディーサーを名誉毀損で訴えたことで、ボリシェヴィキに没収された財産の一部をとり戻すことができた。彼が死んだ地下室は観光名所にもなっている。